起案差戻とは？金融業界のプロが徹底解説｜原因・対策・実務で失敗しないポイント

起案差戻の意味と実務対応を完全ガイド｜ファクタリング・銀行審査の現場で失敗しないコツ

「起案差戻（きあんさしもどし）って、結局どういう意味？ 自分の書類が戻ってきてしまった…どう直せばいいの？」——ファクタリングや銀行・貸金業の審査現場では誰もが一度はぶつかる悩みです。本記事では、金融業界で頻出する現場ワード「起案差戻」を、原因・使い方・防止策までわかりやすく整理。はじめての方でも、明日から実務で役立つ具体的なポイントがつかめるよう丁寧に解説します。

業界ワード（起案差戻）

定義

起案差戻とは、社内の稟議・審査・承認ワークフローに回した起案（申請・案件ドラフト）が、内容不備や追加確認の必要性などを理由に、承認権者・審査部門・コンプライアンス部門等から起案者へ「修正・追補・再検討」を求めて返却されることを指します。否決（却下）ではなく、「直せば再提出できる状態」に戻す運用が一般的です。ファクタリング、銀行与信、貸金業務、為替・外為実務など幅広い金融業務で用いられます。

何が差戻になるのか？よくある原因

差戻の背景は「形式不備」だけでなく、リスク管理の観点からの「実質不備」も多く含みます。代表的な事由は以下の通りです。

• 必須書類の欠落・期限切れ（登記事項証明書、決算書、身分証、反社チェック資料 等）
• 記載ミス・超過簡略化（社名表記ゆれ、金額桁誤り、日付相違、契約条件の抜け）
• 与信ロジックの裏付け不足（返済原資の説明不足、格付理由の弱さ、財務分析が浅い）
• 法務観点の未解消リスク（譲渡禁止特約の有無不明、同意要否の判断不足、根拠条文なし）
• スキーム整合性の不一致（2社間/3社間ファクタリングの手順・通知・登記の齟齬）
• コンプライアンス観点の未了（KYC/CDD未完了、反社・AML/CFTチェック未了や証跡不足）
• 社内規程との不整合（与信方針・限度・金利手数料レンジ逸脱、稟議権限外の起案）
• 担保・保証の評価根拠不足（担保余力の試算不足、保証人属性確認不足）
• 条件交渉の詰め不足（先方承諾見込みや条件提示の齟齬、重要条項の未確定）

差戻は「ダメ出し」ではなく、リスクを正しく可視化し、社内整合性を満たすための重要なプロセスです。

現場での使い方

起案差戻は、メール・ワークフロー通知・対面レビューで頻繁に使われます。ニュアンスや組織文化により言い回しが少しずつ異なります。

言い回し・別称

• 差戻／差し戻し／戻し
• 修正依頼／再起案依頼／再申請依頼
• コメントバック／返戻（へんれい）

使用例（3つ）

• 例1：「本件、稟議ルートにて差戻となりました。財務分析の補足（営業CFの裏付け）と、譲渡禁止特約の確認書面ご提出をお願いします。」
• 例2：「審査部より起案差戻。KYCの本人確認書類が期限切れのため、最新の写しで再起案ください。」
• 例3：「条件面修正（手数料レンジ内へ調整）後に再申請願います。関連資料はコメント欄に添付しました。」

使う場面・工程

• 事前相談・与信事前稟議の段階
• 本審査・稟議書回付中（審査部／法務／コンプラレビュー）
• 契約稟議・個別条件決裁の最終段階（条項擦り合わせ時）
• 実行前の最終チェック（登記完了証、通知受領、入金口座確認の証跡確認）

関連語

• 起案／稟議／決裁／否決／保留／取下／差替
• KYC／CDD／AML・CFT／反社チェック
• 与信審査／格付／返済原資／担保評価
• 債権譲渡登記／譲渡通知／譲渡禁止特約
• 2社間・3社間ファクタリング／償還請求権（リコース）

ファクタリング・銀行のワークフローと「差戻」ポイント

代表的な流れと差戻が起きやすいチェックポイントをまとめます。

1. 事前ヒアリング・スクリーニング

案件概要、売掛先や取引実態の確認。ここでは反社チェックやスクリーニングの結果が薄いと差戻になりやすいです。売掛債権の成立性（請求書・納品書・検収）と支払サイトの裏取りがポイント。

2. 起案・稟議起票

スキーム図、金額、手数料、債権範囲、通知要否、登記要否、KYCの結果、財務分析、返済原資等を記載。定義・用語のぶれ（2社間/3社間の混在）や、根拠資料のリンク抜けがあると差戻。

3. 部門レビュー（審査・法務・コンプラ）

与信妥当性、契約条項の適法性、社内基準適合性を確認。譲渡禁止特約の扱い、債権特定の明確さ、アンチ・アサインメント条項の対処、GDPRや個人情報の扱いが曖昧だと差戻。

4. 条件調整・決裁

手数料レンジ、限度額、コベナンツ、誓約事項を詰める段階。レンジ逸脱、承認権限外の提案、保証・担保の評価不足で差戻。

5. 契約締結・実行前チェック

契約書差分の反映漏れ、押印・電子署名手順、登記完了の証跡、振込口座の一致確認等。ここでの差戻は実行遅延に直結するため、事前にチェックリスト運用が有効です。

「差戻」と似た用語の違い

• 差戻：修正・追補を求めて一旦起案者へ返す。修正後の再提出が前提。
• 否決（却下）：起案の承認自体を見送る判断。再提出は原則として新規起案。
• 保留：判断材料が不足・外部要因待ちで決裁を一時停止。条件整い次第で再開。
• 取下：起案者側が自発的に起案を取り下げる。条件変更やスキーム再設計の前提に。
• 差替：文書単位の差し替え対応。軽微な修正は差替で足りるが、内容審査が必要なら差戻。

差戻を減らすための実務チェックリスト

ファクタリング向け

• 売掛債権の成立証跡（請求書・納品書・検収書・発注書）の整合が取れている
• 売掛先の与信情報（商業登記、スコア、支払実績）の根拠資料を添付
• 譲渡禁止特約の確認と対処（同意取得の要否、契約条項の引用）を明記
• 2社間/3社間のスキーム図、通知・登記のフローを図示し相手方実務と齟齬がない
• 手数料率・期日・入金フロー・債務不履行時の取扱いを契約条項に整合させる
• KYC/反社/AMLのチェック結果とスクリーンショット・結果レポートを保存・添付
• 本人確認書類・登記簿・印鑑証明の有効期限を確認（期限切れを防止）

融資・与信（銀行・貸金業）向け

• 財務三表と注記の読み込み、返済原資の定量・定性両面の説明がある
• 格付ロジックと採点根拠、シナリオ分析（ベース/ストレス）の記録が残っている
• 担保評価の方法・前提・LTVの妥当性が明記されている
• 社内方針（限度・価格レンジ・セクターポリシー）との適合性を明記
• 契約・法務論点（クロスデフォルト、コベナンツ、反社会的勢力排除条項）の確認済
• 情報ソースと参照リンク（決算公告、信用調査、ヒアリングメモ）が辿れる

メール・チャットで使えるテンプレ（差戻対応）

• 件名例：「【差戻対応のお願い】〇〇社 ファクタリング起案（案件ID: ####）」
• 本文例1：「審査レビューの結果、起案を差戻します。主な事由は(1)売掛先の支払実績根拠不足、(2)譲渡禁止特約の同意要否未判定です。補足資料をご準備のうえ、再起案をお願いいたします。」
• 本文例2：「KYC再確認のため、本人確認書類（表裏）および最新の登記簿のご提出をお願いします。受領次第、速やかに審査を再開します。」
• 本文例3：「手数料率が社内レンジを上回っています。〇〇％以内となるよう条件修正後に再申請ください。」

差戻の「良い運用」と「悪い運用」

良い運用は、差戻事由が具体的・客観的で、再提出までの道筋（必要資料、修正箇所、期限、問い合わせ窓口）が明確です。悪い運用は、「とりあえず差戻」や抽象的指摘で手戻りが増え、案件スピードが落ちます。コメントテンプレートやチェックリスト、ナレッジの整備がスピードと品質を両立させます。

実務で役立つコツ（現場の勘どころ）

• 先回り添付：審査・法務が欲しがる資料（契約原本、条項抜粋、図解）を先に付ける
• 論点一枚化：主要リスクと対処をA4一枚に要約し、本文は詳細にリンク
• 用語統一：2社間/3社間、通知/登記など、用語のブレを避ける
• 変更履歴：差分が一目で分かる赤入れ・版管理で「どこが変わったか」を明確化
• 期限設定：差戻対応に期限・担当を割り当て、止まりを防止

ミスしやすいポイントと回避策

• 最新性の欠落：登記簿・本人確認・財務資料は必ず最新日付で差し替え
• 根拠の薄さ：判断や数値には出典・計算根拠・証跡をセットで添付
• スキームの穴：譲渡禁止特約、二重譲渡リスク、通知フローの穴をダイアグラムで潰す
• 社内規程逸脱：価格・限度・権限レンジを起案前に自己チェック
• コミュニケーション不足：審査・法務と早期に擦り合わせ、差戻前に論点を先取り

用語辞典：周辺キーワードのミニ解説

• 起案：社内承認を得るためのドラフト作成・申請行為。
• 稟議：関係者の承認を順に得る手続き。電子稟議が主流。
• 決裁：最終承認の意思決定。
• KYC/CDD：顧客の本人確認・属性確認。AML/CFT対応の基礎。
• 反社チェック：反社会的勢力との関係有無の調査。
• 債権譲渡登記：売掛債権の譲渡を第三者対抗要件として公示する制度。
• 譲渡禁止特約：債権の譲渡を禁じる契約条項。実務上は同意や条項整理が論点。
• 償還請求権（リコース）：支払い未達時に原債権者が負担する条項の有無。

よくある質問（Q&A）

Q1. 差戻と否決はどう見分ける？

A. 差戻は「直せば進む」、否決は「今回は進まない」。差戻通知には修正指示や必要資料が具体的に記載されるのが一般的です。

Q2. 差戻が多いと評価は下がる？

A. 頻発すると計画力・基礎品質の課題と見なされがちですが、初期段階で迅速に潰せば問題になりにくいです。差戻内容をナレッジ化し再発防止を徹底しましょう。

Q3. 英語ではどう伝える？

A. “Returned for revision”, “Sent back for correction”, “Please resubmit after addressing the comments.” などが自然です。

Q4. 差戻対応の優先順位は？

A. 実行日が近い案件、否決リスクが高い論点（法務・コンプラ）から先に。期限・担当を明確にして並行処理しましょう。

まとめ：差戻は「品質を上げるチャンス」

起案差戻は、単なる手戻りではなく、案件のリスクを可視化し、社内外の整合性を整えるための重要なプロセスです。原因を構造的に捉え、チェックリスト・テンプレ・ナレッジを活用すれば、差戻は確実に減らせます。今日から「先回り資料」「論点一枚化」「用語統一」を実践し、ファクタリング・銀行審査のスピードと品質を同時に高めていきましょう。

この記事の監修者

平松 樹 （ひらまつ いつき）

資金調達アドバイザー／元メガバンク法人営業・審査担当

金融実務20年以上。メガバンクで法人融資・審査・再生支援を担当後、独立。中小企業の資金繰り改善に特化し、請求書買取（ファクタリング）・ABL・リスケ・補助金活用まで一気通貫で支援。建設・運送・IT・医療など500社超の案件を伴走し、累計支援額は数十億円規模。入金サイト長期化や赤字決算・債務超過局面でも、債権譲渡禁止特約や民法改正（債権法）への実務対応、与信・反社/不当条項チェック、適正手数料レンジの見立てまで具体策を提示。安全性・適法性・スピードのバランスを重視し、「即日資金化」と「継続的な資金繰り安定」の両立を設計するのが強み。

所属：ファクタリングナビ