目次
- マスターファイルの基礎をやさしく解説:金融・ファクタリング現場で役立つ意味と実務運用
- 業界ワード(マスターファイル)
- 定義
- 何が含まれるか(代表例)
- 現場での使い方
- 言い回し・別称
- 使用例(3つ)
- 使う場面・工程
- 関連語
- マスターファイルが重要な理由(メリットとリスク)
- 作成と運用の基本ステップ
- 1. 設計(スキーマとコード体系)
- 2. 登録・変更フロー(ワークフロー)
- 3. 権限管理・監査ログ
- 4. データ品質管理(DQ)
- 5. 配布とリリース管理
- 6. バックアップ・BCP
- ファクタリングでの具体例
- KYC・反社確認との連携
- 二社間・三社間の違い
- 為替・銀行業務での具体例
- ありがちな失敗と対策
- 法令・セキュリティの注意点
- 項目設計の実践ヒント(例)
- 導入・移行時のポイント
- チェックリスト(日々の運用簡易版)
- よくある質問(FAQ)
- Q. マスターファイルと取引データの違いは?
- Q. Excelでもマスターファイルにできますか?
- Q. 名寄せはどの程度自動化できますか?
- Q. 監査対応で重要なポイントは?
- まとめ
マスターファイルの基礎をやさしく解説:金融・ファクタリング現場で役立つ意味と実務運用
「マスターファイルって何?」「顧客データと何が違うの?」——ファクタリングや銀行、為替の現場でよく登場する言葉ですが、初めて触れると少しとっつきにくいですよね。本記事では、金融業界の実務で実際に使われる「マスターファイル」を、初心者の方にもわかりやすく、具体例とともに整理してご説明します。読み終わる頃には、現場での会話がスッと理解でき、データ管理や審査・回収の担当者とも同じ目線で話せるようになります。
業界ワード(マスターファイル)
| 読み仮名 | ますたーふぁいる |
|---|---|
| 英語表記 | Master File(Master Data File) |
定義
マスターファイルとは、取引・審査・会計・回収など、業務全体で参照される「基礎となる正本データ(ゴールデンレコード)」を一元管理する原票・台帳のことです。顧客や取引先、契約、商品・サービス、勘定科目、為替レート、休日カレンダーなど、頻繁に使われ更新頻度が比較的コントロール可能な「固定・準固定データ」を格納し、全システムの整合性を保つ“唯一の信頼できる情報源(Single Source of Truth)”として機能します。
何が含まれるか(代表例)
金融・ファクタリングの現場でよく使われる主なマスター項目は次の通りです。
- 顧客・取引先マスター:名称、法人番号、住所、代表者、KYC・反社チェック結果、与信ランク、支払サイト、請求・支払条件、担当者、通知先
- 口座マスター:銀行名・支店名、口座番号、受取人名、BIC(SWIFTコード)、米国ならABA、国内なら金融機関コード等
- 債権(請求)マスター:請求書番号、債権ID、買い手(デバター)情報、金額、消費税、期日、譲渡制限フラグ、承認状況
- 商品・サービスマスター:商品コード、手数料金率、課税区分、計上科目
- 為替レート・金利マスター:通貨コード、レート種別(TTM/TTB/TTS等)、適用開始日時、基準金利(例:無担保コール翌日物、SOFR 等)
- 休日・カレンダーマスター:国別休日、市場休業日、カットオフ時刻
- 会計・税マスター:勘定科目、補助科目、税区分、取引区分、仕訳ルール
現場での使い方
言い回し・別称
現場では次のように呼ばれることがあります。
- マスター/基幹マスター/台帳
- 取引先マスター、顧客原票、口座マスター、レートマスター、カレンダーマスター
- 親データ、ゴールデンレコード、原本、名寄せマスター
使用例(3つ)
- ファクタリングの買取審査時:「この買い手、既存の取引先マスターにありますか?法人番号と名寄せして重複登録を避けてください。」
- 入金照合時:「口座マスターに登録された受取口座と振込人名義が一致しているかを自動照合し、差異は例外処理へ回してください。」
- 為替予約・実行時:「本日の適用レートはレートマスターの10時時点確定値。カレンダーマスターの休日設定に従って決済日をロールしてください。」
使う場面・工程
主に以下の工程で参照・更新されます。
- オンボーディング(口座開設・契約・KYC):顧客マスター、口座マスター
- 与信審査・モニタリング:取引先マスター、与信ランク、支払サイト
- 債権買取・計上:債権マスター、手数料マスター、会計マスター
- 決済・入金照合:口座マスター、債権マスター、休日カレンダー
- 回収・督促:買い手情報、連絡先、支払履歴
- 計数管理・報告:勘定科目、税区分、商品・手数料コード
関連語
MDM(Master Data Management)、リファレンスデータ、コード体系(通貨コード・国コード等)、データディクショナリ、名寄せ、重複排除、バージョン管理、監査ログ、SLA、データリネージ(来歴)など。
マスターファイルが重要な理由(メリットとリスク)
メリット:
- データの一貫性:取引・会計・レポート間で同じ基礎情報を使える
- 業務効率:二重入力や問い合わせが減り、確認工数が削減
- リスク低減:二重支払、架空債権、送金誤り、取引先なりすまし等の防止
- コンプライアンス:KYC/AML、監査対応、税務・会計基準の整合性を担保
適切に設計・運用されていない場合のリスク:
- 同一取引先の重複登録で与信枠が重複消費、与信超過を見逃す
- レートやカレンダー誤設定で利息・決済日の誤算出、顧客苦情・損失発生
- 口座マスター改ざん・誤更新による不正送金・振込事故
- 監査時に「誰が・いつ・何を」変更したか追跡できない
作成と運用の基本ステップ
1. 設計(スキーマとコード体系)
まず「何を正本とするか」を決め、項目定義(名称、型、桁数、必須/任意、ドメイン、参照元)を文書化します。識別子は曖昧性の少ないキー(法人番号、BIC、通貨コードISO 4217 など)を優先し、名寄せ用に別名・旧名・略称も保持。更新頻度と整合性影響(下流システム)も明記します。
2. 登録・変更フロー(ワークフロー)
新規・変更・廃止の申請→承認→反映→通知の流れを定義。高リスク項目(送金口座、手数料率、レート計算方式)は職務分掌と二名承認を義務化。反映は定時バッチまたは即時API、どちらにせよ時刻とバージョンを記録します。
3. 権限管理・監査ログ
閲覧・編集・承認を分離(SoD)。個人情報を含む場合は最小権限。すべての追加・変更・削除にユーザーID、時刻、前後差分、理由を記録し、定期的にレビューします。
4. データ品質管理(DQ)
品質KPI例:重複率、必須欠損率、コード不整合率、承認遅延、エラーバッチ率。名寄せルール(法人番号一致、住所類似度、電話・ドメイン一致など)を運用し、疑義はキューで人手確認。
5. 配布とリリース管理
下流システムへの配布タイミング、互換性、ロールバック手順を定義。大きな変更はサンドボックスで検証し、周知・マニュアル更新・教育をセットで実施します。
6. バックアップ・BCP
スナップショットとジャーナルを分けて保管。RPO/RTO目標を設定し、復旧訓練を実施。改ざん検知(ハッシュ、WORMストレージ等)も検討します。
ファクタリングでの具体例
ファクタリングでは、買い手・売り手・債権の3者・3点情報の正確性が業務の中核です。以下のマスターがよく使われます。
- 売り手(債権者)マスター:法人番号、登記住所、代表者、口座、反社・KYC結果、与信属性、契約条件(手数料率、償還請求の有無)
- 買い手(債務者)マスター:名称のブレ(略称・旧社名)対策、支払サイト、担当部門、請求書受領方法、承認フロー
- 債権マスター:請求書番号、債権発生日・期日、根拠(発注書・納品書)、譲渡制限の有無、検収ステータス、支払通貨、遅延利息条件
- 通知先マスター:三社間の債権譲渡通知の送付先、書式、受領確認方法
- 回収ステータス:督促履歴、約定変更、入金消込結果、償還フラグ
KYC・反社確認との連携
顧客マスターに、本人確認書類の種別・有効期限、スクリーニング結果、再査定日を保持。更新漏れの防止にアラートを設定し、取引継続可否に自動連動させます。
二社間・三社間の違い
二社間では債務者通知が限定的なため、売り手の口座・入金パターンの管理が重要。三社間では債務者の承諾情報、通知受領状況、支払ポリシーのマスター化が鍵です。
為替・銀行業務での具体例
- レートマスター:通貨ペア、価格種類(スポット、フォワードポイント、基準時刻)、丸め規則、スプレッド、配信元
- 通貨・カレンダーマスター:USD/JPYなどの通貨コード、取引市場の営業日、決済サイクル(T+2等)、カットオフ
- 受取人・BICマスター:国際送金の宛先情報、検証ルール(IBANチェックディジット等)
- 手数料マスター:送金種別、チャージベア(OUR/SHA/BEN)、金額・料率、免除条件
- 規制・スクリーニング連携:制裁リストの版数・適用日、マッチ結果のフラグ化
これらは決済期日や受渡金額の算出に直結するため、誤りは即損益へ波及します。レートの時点管理(タイムスタンプ)と休日ロールのルール化が不可欠です。
ありがちな失敗と対策
- 同名異法人の混同:法人番号・住所・登記情報での複合キー化、名寄せスコア閾値の厳格化
- タイムゾーンの抜け:レート適用時刻・決済日のTZを明記(UTCとローカルの二重保持)
- 属人化:登録・承認をシステム化し、業務引継ぎ可能な手順書と教育を定例化
- Excel乱立:正本はリポジトリに一本化し、閲覧用エクスポートには電子署名や版数を付与
- 更新遅延:変更受付SLA、配信スケジュール、緊急リリース手当(ホットフィックス手順)
- 権限過多:高リスク項目は二要素認証+二名承認+変更理由必須
- 監査不備:差分比較レポートと月次棚卸で、未承認変更・孤児レコードを検出
法令・セキュリティの注意点
個人を特定できる情報(氏名、住所、口座など)を含むマスターは、個人情報保護法等の法令に準拠し、目的外利用の制限、取得・利用・保管・廃棄のルールを明記しましょう。アクセスは業務上必要な最小限に限定し、データ転送・保管の暗号化、外部委託先の管理(契約・監査)も必須です。不審な口座変更や名義変更は追加認証やコールバックで検証し、なりすまし・BEC(ビジネスメール詐欺)対策を徹底します。
項目設計の実践ヒント(例)
- ID設計:内部IDは不変・連番、外部キー(法人番号・BIC)は別項目で保持
- 履歴管理:有効開始日・終了日を持つスローリーチェンジ(SCD)で過去再現性を確保
- 正規化と参照整合性:支店・部署は別マスターに分離、外部キー制約で整合性を強化
- バリデーション:IBANチェック、郵便番号フォーマット、通貨コード検証、禁止文字チェック
- 多言語・別名:正式名、略称、英語表記、旧名、カナを分けて持ち検索性を高める
導入・移行時のポイント
- 現状把握:既存台帳・Excel・システムの散在状況と“正本”の不在を可視化
- データクレンジング:重複・誤記・欠損の補完、住所正規化、コード変換表の作成
- 段階移行:並行稼働期間を設定し、差分チェックで品質を担保
- 影響範囲の合意:下流の帳票・API・会計連動への変更通知とテストの計画化
- 教育・周知:登録者・承認者・閲覧者ごとに役割別トレーニング
チェックリスト(日々の運用簡易版)
- 重複候補の解消は週次で実施しているか
- 高リスク項目の変更は二名承認と監査ログが残っているか
- レート・カレンダーは最新の版で、適用開始時刻が明確か
- 口座変更は本人確認・コールバックで真正性を確認したか
- 月次棚卸で孤児レコード(参照先不在)をゼロにしているか
- バックアップとリストア訓練を直近3カ月以内に実施したか
よくある質問(FAQ)
Q. マスターファイルと取引データの違いは?
A. マスターファイルは「基礎情報の原本(顧客、口座、レート等)」、取引データは「日々発生する明細(買取、入金、送金等)」です。マスターは頻繁に更新されませんが、取引は常に増えます。
Q. Excelでもマスターファイルにできますか?
A. 小規模なら可能ですが、権限制御・監査・同時編集・配布の観点で限界があります。少なくとも承認ワークフローと改版管理を備えた仕組み(MDM/データカタログ/ワークフロー付DWH等)を推奨します。
Q. 名寄せはどの程度自動化できますか?
A. 法人番号やBICなどのユニークキーがあれば高精度です。文字列類似、住所正規化、電話・ドメイン一致などのスコアリングを組み合わせ、人手確認の閾値を設定するのが実務的です。
Q. 監査対応で重要なポイントは?
A. 「誰が・いつ・何を・なぜ」変えたかの記録、承認者の分離、過去時点での再現性(履歴・有効期間)、変更のエビデンス(申請書・確認記録)が重視されます。
まとめ
マスターファイルは、金融・ファクタリングを支える“正本データ”であり、日々の審査・計上・決済・回収・報告の品質を決める土台です。ポイントは「設計(項目とキー)」「統制(権限・承認・監査)」「品質(名寄せ・検証)」「時点管理(履歴・版数)」「配布(下流整合)」の5つ。ここを押さえれば、二重入力やミス、与信逸脱、送金事故といった典型的なリスクを大きく減らせます。まずは自社で“どれが正本か”を決め、変更フローと監査の仕組みを整えるところから始めてみてください。業務が驚くほど滑らかになり、トラブル対応に追われる時間が確実に減っていきます。
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