相殺予約とは？意味・仕組み・注意点を徹底解説【ファクタリングで失敗しないためのポイント】

相殺予約をゼロから理解する：意味・実務での影響・リスク回避のコツ

「相殺予約って、契約書に書いてあったけど何のこと？」「ファクタリングに影響するって聞いた…具体的にどんなリスクがあるの？」そんな不安や疑問にやさしく、具体的にお答えします。相殺予約は、売掛先（取引先）や銀行、貸金業者、為替取引（手形・FX）など、金融・決済の現場でよく登場する重要ワードです。仕組みの理解が浅いと、思わぬ代金減額や回収遅延につながることも。この記事では、初心者の方でもスッと理解できるように、定義から実務での見え方、ファクタリングでの注意点、契約書チェックのコツまで整理して解説します。

業界ワード（相殺予約）

定義

相殺予約とは、当事者間で「将来発生する可能性のある債権・債務についても、発生時点で相殺できるようにしておく」という事前合意のことです。単なる相殺（すでに相互に存在している債権・債務を差し引くこと）と違い、相殺予約は「これから生じるかもしれない債権・債務」を対象に、あらかじめ相殺の枠組みを用意しておく点が特徴です。売買基本契約や取引基本契約、銀行取引約定書、金融商品のマスター契約などに「相殺条項」として盛り込まれ、手数料・返品・違約金・損害賠償、銀行の預金と貸付金、為替差損益など、多様な金銭関係をまとめて差し引き計算（ネッティング）する根拠になります。

「相殺」と「相殺予約」の違い

相殺は、既に存在している相互の債権・債務を差し引いて消し合う行為です。一方、相殺予約は「将来の債権・債務も含めて相殺できるようにする」という事前の約束です。つまり、相殺予約があると、後で発生した返品・値引き・違約金・損害賠償なども、支払期日にまとめて差し引かれる可能性が高まります。ファクタリングや債権譲渡の場面では、この予約の有無・範囲・成立時期が回収可能額に直結します。

相殺予約が潜みやすい契約・条項の例

相殺予約は、次のような契約・条項に含まれることが多いです（文言は実務上の一般的な例示です）。

• 売買基本契約・取引基本契約の「相殺条項」「差引計算条項」
• 継続的取引での「返品・値引・リベート・違約金の精算条項」
• 銀行取引約定書の「相殺・充当条項」（預金と貸付金の相殺）
• デリバティブ・為替のマスター契約における「ネッティング（相殺）条項」
• 保証・補償に関わる「債務の一括清算」「期限の利益喪失」後の相殺関連条項

現場での使い方

言い回し・別称

• 相殺予約条項／相殺特約／差引計算条項
• 相殺合意／相殺の予約／相殺権の事前合意
• （英語）set-off clause／pre-agreed set-off／netting clause

使用例（3つ）

• 「この取引先は基本契約で相殺予約が入っているので、返品・リベートがまとめて差し引かれる可能性があります。ファクタリングの対象からは外しましょう。」
• 「売掛先から『保守料の未払いと相殺します』と通知が来ました。相殺予約が先に合意されていたので、回収見込みを修正します。」
• 「銀行は与信事故発生時に、預金と融資を相殺できる条項（相殺予約）を持っています。資金繰り表は、差し引かれた後の残高で組み直してください。」

使う場面・工程

相殺予約は、次のような工程で問題になります。

• 取引開始時の基本契約レビュー（相殺条項の有無・範囲の確認）
• 債権譲渡・ファクタリング実行前のデューデリジェンス（セットオフリスクの洗い出し）
• 売上計上・請求・回収プロセス（返品・値引・違約金等の発生管理）
• 資金繰り・銀行対応（預金と借入の相殺を想定したキャッシュフロー管理）
• 為替・デリバティブ決済（マスター契約に基づくネッティング）

関連語

• 相殺（セットオフ）：既存の債権・債務を差し引くこと
• 相殺禁止特約：相殺をしない／できないとする合意
• ネッティング：複数の授受を差し引き一本化すること（クローズアウト・ネッティング等）
• 債権譲渡通知・承諾：譲渡対抗要件の具備と相殺リスク管理に関わる手続き
• 二者間／三者間ファクタリング：相殺の影響度が変わるスキームの違い
• 返品・値引・リベート：実務で相殺予約の対象になりがちな調整項目

なぜ重要？ファクタリング・金融実務への影響

相殺予約は、回収額を直接減らす可能性があるため、キャッシュフローと信用リスクの管理において非常に重要です。特にファクタリングでは、割引率（手数料）や買取可否、保証条件に影響します。

• 回収額の減少：返品・値引・損害金・過去の未払手数料等が差し引かれ、想定より入金が少なくなる
• ディリューションリスクの増幅：売掛金の名目残高はあるのに、入金時に相殺で目減りする
• 手数料上昇：相殺予約の存在はリスクプレミアムとして手数料に反映されやすい
• 対象債権の限定：相殺予約対象の有無・範囲により、買取可能な売掛先や請求書が絞られる
• 資金繰りのブレ：銀行の相殺権行使やマスター契約のネッティングで、手元流動性が急減する可能性

二者間ファクタリング（売掛先へ通知しない）の場合、相殺予約の影響はより大きく、三者間ファクタリング（譲渡通知・承諾あり）でも、相殺予約の合意時期や対象範囲によっては相殺が認められる余地が残ります。したがって、契約文言と合意の時系列が実務の肝になります。

法的背景（概略）と実務の着眼点

日本の民事法制では、債権の譲渡があっても、債務者は一定範囲で譲受人に対して相殺などの抗弁を主張できると整理されています。特に、譲渡やその通知・承諾より前から存在していた原因に基づく相殺や、当事者間で事前に合意された相殺予約は、第三者（譲受人）にも一定の効力を及ぼすことがあり得ます。これがファクタリングで“譲渡したのに入金が減る”という現象の根っこです。

実務上の着眼点は次の3つに集約されます。

• 合意の先後関係：相殺予約がいつ成立したか（譲渡・通知・承諾前か後か）
• 対象範囲の明確性：「どの債権・債務」を「どの期間」にわたり相殺できるか（包括か限定か）
• 相手方の善意・悪意や信義則：実態に照らし不当な相殺主張でないか（過度な遡及など）

要するに、「いつ・何を・どこまで相殺できるか」を具体的に読み解き、ファクタリングや資金調達の設計に反映することが重要です。

実務での確認ポイントとリスク低減策

契約書レビューの要点

相殺予約が疑われる文言チェックの例です（代表的な表現例）。

• 「当社は、相手方に対する債権をもって、相手方に対する債務といつでも相殺できる」
• 「返品・値引・リベート・損害賠償その他一切の債権は、支払期日において売掛金と差し引き精算する」
• 「取引基本契約に基づき発生する現在および将来の一切の債権・債務について相殺できる」
• 「期限の利益喪失時には、当社は相手方に対する一切の債権と相殺する」

このような記載があれば、相殺予約の存在・範囲・先後関係を整理し、ファクタリングや資金計画に反映させます。必要に応じて、以下のアクションを検討しましょう。

• 相殺禁止特約の締結（少なくとも譲渡対象債権に限り相殺を禁じる）
• 三者間通知・承諾時に「相殺権放棄（No Set-off）」の明確化
• 返品・値引の上限や精算タイミングの合意（ディリューション枠の設定）
• 相殺発動条件の限定（違約金・損害賠償等の濫用防止）
• 債権譲渡登記・確定日付付き通知等、対抗要件と時系列の整備

スキーム別の対応（ファクタリング）

• 二者間ファクタリング：売掛先に知られないため、相殺予約の影響を受けやすい。相殺予約の有無・範囲を重視し、買取先や上限を絞る、ディリューションリザーブ（留保金）を設ける等で対処。
• 三者間ファクタリング：通知・承諾の段階で相殺権放棄を明確に取り付けるのが理想。難しい場合は、相殺可能範囲を限定し、期中の返品・値引管理を強化。
• 保証付き／買取型の違い：買取型（ノンリコース）では相殺による目減りが直接の損失になりやすい。契約条項の厳密さとモニタリングの頻度を上げる。

交渉のコツ

• 取引先の“実務上の困りごと”を把握し、完全な相殺禁止が難しければ「範囲を限定」「上限額」「精算時期の明確化」で折り合いをつける。
• 相殺で処理したい項目を定義し、曖昧な「一切の債権・債務」を避ける（用途別に限定）。
• ファクタリング実行のメリット（安定仕入・与信拡大）を提示し、相殺権放棄の対価・条件を交渉材料にする。

銀行・貸金業・為替（手形/FX）における相殺予約

相殺予約はファクタリングだけの話ではありません。銀行・貸金業・為替の現場でも、資金移動や信用リスク管理の中核として機能します。

銀行取引

銀行は、顧客の預金と貸付金を相殺できる条項を標準的な取引約定書に組み込みます。与信事故（返済遅延、期限の利益喪失等）が発生すると、銀行は保有する預金を融資返済へ充当（相殺）し、回収を図ることがあります。企業側は「万が一の相殺」を想定した運転資金の分散管理（メイン行以外の流動性確保等）が重要です。

貸金業者との取引

貸金業者との基本契約にも相殺予約が含まれる場合があります。たとえば、売掛金債権・預け金・保証金などの相互債権を、事故発生時に一括精算する条項が典型です。資金繰りに直結するため、担保・預託金の扱いと合わせて精査しましょう。

為替・デリバティブ（手形・FX等）

為替手形の取引では、相互の債権債務が錯綜するため、相殺予約やネッティングの考え方が実務上機能します。また、外国為替やデリバティブの分野では、マスター契約で複数取引を包括し、満期や早期終了時に差し引き清算（ネッティング）するのが一般的です。これにより決済額が一本化され、信用・決済リスクが低減します。

ケーススタディ：相殺予約があると何が起きる？

ケース1：小売向け取引とリベート

食品メーカーA社は小売チェーンB社と基本契約を締結。契約には「返品・販促協賛金・ボリュームリベートは支払期日に売掛金と相殺する」との条項がありました。A社がB社向け売掛金をファクタリングしたところ、四半期末にリベートが発生し、B社は相殺予約に基づいて売掛金から差引。結果、ファクタリングの回収額が想定より少なくなり、割引料も上昇。対応として、次回から「リベートの上限」「対象SKU限定」「精算タイミング固定」の合意を追加し、ディリューションを抑制しました。

ケース2：銀行の相殺と資金繰り

C社はメインバンクに運転資金の融資と同銀行に預金を保有。業績悪化で条件変更中に遅延が生じ、銀行は取引約定に基づき預金と貸付を相殺。C社は翌週の支払資金が不足。平時から「当座流動性の分散」「資金ショート時の調達手順」を整えておく重要性が浮き彫りになりました。

ケース3：為替取引のネッティング

D社は複数のFX取引をマスター契約下で行い、月末に差し引き清算。相殺予約（ネッティング条項）により支払・受取が一本化され、決済資金と手数料が簡素化。ボラティリティが高い局面でも、信用・流動性リスクが抑えられました。

よくある誤解と注意点

• 誤解：「相殺予約があっても、債権を譲渡すれば効かない」→ 実務上、事前に合意された相殺予約は、譲受人（ファクター）にも影響する場合があります。譲渡・通知・承諾の前後関係と条項の範囲が重要。
• 誤解：「三者間ファクタリングなら相殺は完全に防げる」→ 通知・承諾後に発生した債権でも、予約の対象とされているもの等、限定的に相殺が主張される余地があり得ます。承諾書にNo Set-offを明記するなど個別対応が必要。
• 誤解：「相殺予約＝悪い条項」→ 相殺は実務の効率化にも役立ちます。問題は“範囲と透明性”。広すぎる条項や曖昧な「一切の債権」がリスクを高めます。

チェックリスト：今日からできる実務対応

• 基本契約・見積・注文書・請求書の裏面約款まで「相殺」「差引計算」の文言を総点検
• 相殺の対象項目（返品・値引・リベート・違約金等）と上限・精算時期を明確化
• ファクタリング予定の売掛先は、相殺禁止または相殺範囲の限定を交渉
• 譲渡通知・承諾書に「No Set-off（相殺権放棄）」の文言を検討
• 売上控除（返品・値引等）の月次推移をモニタリングし、ディリューション見込みを可視化
• 銀行相殺に備え、運転資金の分散とバックアップラインを整える
• 為替・デリバティブのマスター契約は、ネッティング条項と解約（早期終了）時の清算条項を把握

用語補足（ミニ辞典）

相殺（セットオフ）

互いに相手に対して持つ債権・債務を差し引いて精算すること。事前合意がなくても、一定の要件を満たせば行える場合があります。

相殺禁止特約

相殺を行わないとする合意。完全禁止が難しい場合は、対象や時期・金額を限定する折衷案が実務的です。

ネッティング

複数の金銭授受を差し引き一本化して決済すること。与信・決済リスクを低減し、事務負担を軽減します。

ディリューションリスク

売掛金が、返品・値引・リベート・相殺等で入金時に目減りするリスク。ファクタリングの審査・手数料に直結します。

債権譲渡通知・承諾

譲渡の事実を債務者に知らせ、必要に応じて承諾を得る手続。相殺の可否・範囲にも影響します。

FAQ（よくある質問）

Q. 相殺予約がある売掛金でも、ファクタリングはできますか？

A. 可能な場合はありますが、相殺リスクを織り込んだ条件になります。三者間でのNo Set-off合意、対象の限定、ディリューションリザーブ設定などで実行性を高められます。

Q. 契約に“相殺”の文字がなければ安心ですか？

A. 「差引計算」「精算」などの言い換えで同趣旨が規定されていることもあります。関連条項を横断的に確認しましょう。

Q. 売掛先が後出しで相殺を主張してきた場合の対応は？

A. 合意の有無・時期・対象範囲、相殺原因の発生時期、通知・承諾の先後を時系列で整理します。不当な主張であれば、契約と実態を根拠に交渉します。

Q. 銀行の相殺はいつ行われますか？

A. 一般に、返済遅延や期限の利益喪失などの局面で行使されることがあります。取引約定書の相殺・充当条項を事前に確認し、平時から資金の分散を心掛けましょう。

まとめ：相殺予約は“範囲・時系列・透明性”で管理する

相殺予約は、実務の効率化に役立つ一方で、売掛金の入金を目減りさせる大きな要因にもなります。ファクタリングや資金調達で失敗しないためのポイントは次の3つです。

• 範囲：対象項目を明確化し、無限定の「一切の債権・債務」は避ける
• 時系列：譲渡・通知・承諾の前後関係を整理して相殺の可否を見極める
• 透明性：返品・値引・リベート等の発生を可視化し、相手先とも運用ルールを共有する

契約書レビューと日々のモニタリングを徹底し、必要に応じて相殺禁止や相殺範囲の限定、No Set-off合意を組み合わせて、ディリューションを管理しましょう。これだけで、ファクタリングの安定性と資金繰りの予見性は大きく向上します。