起案却下とは？金融業界で失敗しないための原因・対策・審査通過のポイント徹底解説

「起案却下」を正しく理解する：金融・ファクタリング実務で困らないための基礎知識と回避策

「起案してみたけど、審査で却下された」「見送りと言われたけど、やり直せるの？」——ファクタリングや銀行・貸金業、為替実務に関わると、社内外で飛び交う現場ワードに戸惑うことがあるはずです。なかでも「起案却下」は、案件の先行きを左右する重要なキーワード。この記事では、初心者の方にもわかりやすく、起案却下の意味・使い方・よくある原因・避けるための準備・却下後の対応まで、実務目線で丁寧に解説します。読み終えるころには、何をどう見直せば次は通りやすいのかが、具体的にイメージできるはずです。

業界ワード（起案却下）

定義

起案却下とは、社内の稟議・与信審査・決裁プロセスに乗せるために提出した「起案（稟議書・審査メモ・クレジットメモ等）」が、決裁権者や審査部門によって承認されず、不成立となることを指します。金融・ファクタリング・為替（外国送金や信用状）などの実務では、案件の内容・リスク・書類整合性・コンプライアンス適合性などの観点から、審査段階で不承認と判断されるケースを総称して「起案却下」と呼びます。なお、類似表現の「差し戻し」は修正前提で再提出可能なニュアンスが強く、「見送り」は条件が整えば再検討余地あり、「否決」は最終的な不承認の色合いが濃い、といった使い分けが行われます。

現場での使い方

言い回し・別称

起案却下は、以下のような言い回し・別称で使われます。

• 稟議否決／稟議不承認
• 見送り（条件合わず／現時点では不可）
• リジェクト（reject）／クレジットメモリジェクト
• 差し戻し（修正・追加資料が必要な場合）

使用例（3つ）

• 「売掛債権の真正性に疑義があり、審査部で起案却下となりました。」
• 「KYCの補完資料が不足しており、今回は見送り（実質的に起案却下）です。」
• 「期中の財務悪化が大きく、与信方針に基づき稟議否決の結論です。」

使う場面・工程

主に以下の工程で用いられます。

• 案件組成時：営業が起案→審査部／リスク管理部に送付→審査会→決裁
• 実行前の最終判断：契約直前の追加情報により、最終で却下
• 期中対応：増枠・条件変更（エクステンション）の起案が却下

関連語

• 稟議・決裁・審査会・与信枠・格付・保全・担保・保証・コンプライアンス
• KYC（顧客確認）、CDD（顧客管理）、EDD（強化デューデリジェンス）、AML/CFT（マネロン・テロ資金対策）
• 二重譲渡、真正売買、対抗要件具備、モニタリング、コベナンツ

起案却下になりやすい主な理由

起案却下には一見ささいな不備から、ビジネス根本に関わるリスクまで、幅広い原因が存在します。代表的な項目を整理します。

• 顧客確認・コンプラ
  • KYC情報の不足・矛盾（登記・実質的支配者・事業実態）
  • 反社会的勢力リスクの排除が不十分、スクリーニングヒットの未解消
  • 海外制裁・輸出管理上の懸念（国・当事者・貨物・用途）
• 信用力・財務
  • 直近期の業績悪化、資金繰り逼迫、粉飾疑義
  • 資金使途が曖昧／返済原資の見込みが弱い
  • 与信集中超過、格付方針との不整合、PD（デフォルト確率）上昇
• ファクタリング特有
  • 売掛債権の真正性に疑義（架空・循環取引・債権発生の裏付け不足）
  • 二重譲渡の懸念、取引先の信用力不足、譲渡通知不可（2社間で保全弱い）
  • 請求書・契約書・納品・検収のエビデンス不備
• 担保・保全・ストラクチャー
  • 担保価値・保証の不足、優先順位の劣後
  • 回収フローの不明確、支払停止時の対応策が弱い
• 収益性・業務適合
  • 採算不十分（手数料・金利・コストのバランスが合わない）
  • 社内ポリシー・業務範囲に合致しない案件
• ドキュメント・オペレーション
  • 提出書類の不足・齟齬・期限切れ、数値の整合性欠如
  • 期日管理や権限ルールの逸脱、説明責任の未充足

ファクタリングでの起案却下：具体例と注意点

ファクタリングは「売掛債権の売買」であり、基本的に貸付ではありません。だからこそ、債権の真正性や対抗要件の確保が生命線です。以下は起案却下につながりやすい典型例です。

• 債権の裏付け不足
  • 発注書、基本契約書、個別注文書、納品書、検収書、請求書の連続性に抜け
  • メール・取引画面キャプチャ等の補助資料のみで、一次資料が不足
• 売掛先の信用懸念
  • 売掛先（デバター）の支払遅延が常態化、格付ダウングレード
  • 売掛先の与信枠超過、同一先への過度な集中
• 二重譲渡・対抗要件の不備
  • 既存債権譲渡登記やABLの根抵当等で、優先順位が後れる可能性
  • 2社間での通知不可のまま進行（保全弱く、ノンリコース適用困難）
• 資金使途・回収フローの不明確
  • 資金繰り表と実運用の整合が取れず、過度なロール（回し）依存
  • 回収口座の指定や入金消込プロセスにグレー部分が残る

回避のコツは「一次資料の整合性」「債権のトレーサビリティ」「対抗要件の確実化（通知・登記等）」「売掛先与信の客観化（調査レポート・情報照会）」の4点を外さないことです。

為替（外国送金・信用状）での起案却下：具体例と注意点

為替実務では、AML/CFTや制裁対応が重要で、起案却下は書類不備よりもリスク判断で発生しやすい領域です。

• 外国送金
  • 送金目的・貿易取引の実在が不明確、インボイスと貨物・契約の突合不一致
  • 当事者が制裁リスト・高リスク国に関与、用途説明が抽象的
• 信用状（L/C）
  • 取引スキームが複雑で実需性が薄い、第三国決済で経路が不透明
  • コンファーム付要求に見合う信用力・担保不足、書類呈示条件が実務上消化困難

前広のKYC情報提供、契約書・インボイス・船荷証券などの整合確認、制裁・輸出管理の観点での事前相談が有効です。

銀行融資・貸金業での起案却下：具体例と注意点

融資では「返済原資の見立て」と「保全・ストラクチャー」が鍵です。以下は却下要因の典型です。

• 返済原資の弱さ
  • フリーキャッシュフローで返済が賄えない、CF計画が楽観的
  • 資金使途が運転資金の穴埋めのみに終始、恒常赤字
• 保全の不足
  • 担保評価が弱い・順位劣後、保証人の信用力不足
  • ABL・売掛担保の回収設計が脆弱
• コベナンツ・モニタリング不適合
  • 財務制限条項の順守見込みが薄い、月次開示体制が未整備

経営計画の妥当性検証（受注確度、原価、在庫回転）、資金繰り表の精度向上、担保・保証の補強がポイントです。

起案却下を避けるための準備チェックリスト

実務で「これだけは押さえたい」という観点を、初学者でも使えるようにチェックリスト化しました。

• 基本情報・KYC
  • 登記簿、定款、役員名簿、実質的支配者情報の整合は取れているか
  • 事業実態（所在地、従業員、主要取引、許認可）の説明資料があるか
  • 反社・制裁スクリーニング結果とエビデンスを保持しているか
• 財務・資金繰り
  • 最新決算書・試算表・資金繰り表・主要口座の入出金明細が揃っているか
  • 一過性要因の説明、月次のブレの理由を言語化できるか
• ファクタリング固有
  • 請求根拠の一次資料（契約・発注・納品・検収・請求）が連続しているか
  • 売掛先の信用調査レポートや支払実績が客観資料で確認できるか
  • 譲渡通知・登記など対抗要件の方針が明確か（2社間/3社間の選択理由）
• ストラクチャー
  • 回収フロー（入金口座、消込、期日管理、滞留時対応）の設計があるか
  • 手数料・買取率・枠・コベナンツの組合せが社内方針に合致するか
  • 保全（保証、保険、担保、サブリミット、モニタリング頻度）の妥当性
• ドキュメント・説明責任
  • 最新性・整合性・正確性を第三者が追える形で示せるか
  • リスクと対策の記載にギャップがないか（「課題→対策→根拠」）

却下後の対応：再起案と設計見直しのポイント

起案却下は終わりではありません。指摘事項を具体に分解し、再起案やストラクチャー変更で通過可能性を高めます。

• 情報の補完
  • 不足資料の提出、一次資料への遡及、第三者確認の取得（受領書・検収）
  • 売掛先の最新情報・支払エビデンスの追加
• 条件の調整
  • 買取率の引下げ、与信枠の縮小、対象先の限定、サブリミット設定
  • 対抗要件の強化（通知化・登記付与）、ノンリコースからリコースへ切替
  • モニタリング強化（週次報告、オレンジフラグ定義）
• 代替スキームの検討
  • ABL（在庫・売掛担保）や保証付の併用、信用保険の活用
  • 為替取引ではL/Cに確認付を付与、条件を現実的に簡素化

再起案時は、前回の否認理由を冒頭で明示し、「対応策」「再評価結果」「残余リスク」の順に簡潔に示すと審査側も判断しやすくなります。

社内・顧客へのコミュニケーション例

伝え方ひとつで、関係性や次のチャンスに影響します。実務で使いやすい文例を紹介します。

• 社内（審査部向け追加説明）
  • 「前回の起案却下理由（一次資料不足、与信集中）に対し、以下の是正を実施。1）契約・納品・検収の一次資料を取得、2）対象先をA社・B社に限定しサブリミット設定。採算は手数料x.x%でガイドライン内に収束。」
• 顧客（柔らかい断り＋道筋）
  • 「社内審査の結果、現時点では実行を見送る判断となりました。原因は売掛先資料の不足です。必要書類をご準備いただければ、条件を調整のうえ再審査が可能です。」
• 顧客（代替提案）
  • 「今回のスキームは保全が弱いとの判断でした。譲渡通知または登記付与をご検討いただくか、対象先を一部の主要取引先に絞る形であれば再起案できます。」

よくある誤解と注意点

• 「差し戻し」と「却下」は同じ？——いいえ。差し戻しは修正前提、却下は現状では不可の結論。記録上も区別します。
• 「見送り」は永遠の不可？——多くは条件が整えば再検討可能。時期・前提条件を明確化しましょう。
• 法律用語の「棄却」と混同しない——社内実務では「却下」が一般的。法的判断用語の「棄却」とは場面が異なります。
• 2社間ファクタリングは必ず通りにくい？——保全が弱い分、資料の精度と回収設計を強化すれば成立余地はあります。

初心者がまず押さえるべき審査通過の勘所

最後に、実務で効果が高い着眼点を要約します。

• リスクはゼロにできない——だから「識別→低減→残余リスクの許容説明」が筋道。
• 審査は「書面勝負」——一次資料の整合と、数値・日付・相手先の一致を最優先。
• ストラクチャーは引き算——枠・対象先・買取率・通知・登記・モニタ頻度で調整。
• 前広の対話——疑義を先回りして説明し、代替案を同時提案する。

ミニ用語辞典（関連）

• 起案：社内承認のための提案書・稟議書の作成・提出行為。
• 稟議：関係部署・決裁権者の承認を得る社内手続き。
• 与信枠：取引先ごとに許容する信用限度額。
• 真正売買：債権譲渡が資金調達目的の仮装ではなく、実質も含め売買である状態。
• 対抗要件：第三者対抗力を持たせるための法的要件（通知・承諾・登記など）。
• 二重譲渡：同一債権が複数に譲渡されること。優先順位争いの主要因。

まとめ：起案却下は「敗因の見える化」から次へつながる

起案却下は、単なる「ダメでした」のサインではありません。審査が求めるのは、客観資料に基づいた実在性・回収可能性・コンプラ適合性と、それを担保する運用設計です。だからこそ、

• 一次資料と数値の整合を徹底する
• リスクは隠さず、対策と残余リスクを明確化する
• 条件やストラクチャーを引き算で最適化する
• 前広の相談と代替案の提示で審査の不安を減らす

この基本を押さえれば、同じ理由での却下は確実に減っていきます。ファクタリング、為替、融資——どの現場でも通用する「通る起案」の型を、今日から磨いていきましょう。

この記事の監修者

平松 樹 （ひらまつ いつき）

資金調達アドバイザー／元メガバンク法人営業・審査担当

金融実務20年以上。メガバンクで法人融資・審査・再生支援を担当後、独立。中小企業の資金繰り改善に特化し、請求書買取（ファクタリング）・ABL・リスケ・補助金活用まで一気通貫で支援。建設・運送・IT・医療など500社超の案件を伴走し、累計支援額は数十億円規模。入金サイト長期化や赤字決算・債務超過局面でも、債権譲渡禁止特約や民法改正（債権法）への実務対応、与信・反社/不当条項チェック、適正手数料レンジの見立てまで具体策を提示。安全性・適法性・スピードのバランスを重視し、「即日資金化」と「継続的な資金繰り安定」の両立を設計するのが強み。

所属：ファクタリングナビ